ゆとり教育がもてはやされた時代、ある学校の運動会で、みんな手を繋いでゴールするなんていう教育が話題になりました。日本は資本主義の国なんだから平等の精神を学ぶことは大切で、「差」が付かないことが良いことだという訳です。
しかし、筆者は、むしろ子供には競争心をあおった方が、人に対する思いやりも学べるし、成長も早まると考えています。本日は、その理由についてご紹介したいと思います。
そもそも平等と競争は別次元
まず初めに、筆者は平等の精神と競争をすることは別次元の話だと思っています。その理由は、真の平等とは、公平にチャンスがあることだと考えているからです。
例えば、スポーツでもよいですし、学校の勉強でも構いません。一生懸命に頑張った結果、誰かに負けてしまったとします。しかし、例えば勉強の成績で負けてしまったとしても、サッカーの才能があり、サッカーでは誰にも負けないとか、いつも、みんなからイジメられていたのに、昆虫や動物に詳しく、いつしかみんなの注目の的になる。
こういったことも平等の範疇だと思うのです。つまり、競争社会は不平等を生むという議論は的外れで、競争の中に平等も同居することができるのです。
1番になることは優しさも生む
ソフトバンクの創業者で社長の孫正義氏は、こんなことを述べています。「ナンバーワンになればお客様のためになる。」
これは、ソフトバンクの会社規模が大きくなれば、今は十分なサービスが提供できなくても、いつかは誰もが喜ぶサービスを提供できるようになれるという意味です。
これは子供に対しても言えることで、人から抜きん出て強くなること、優れた人になることは余裕を生み、人に対する配慮や相手の立場に立ったものの考えをできるようになるものです。
子供は競争好き
そして、筆者が子供の競争心をあおる教育をお勧めする最大の理由は、やはり、子供が誰かと競争することが好きなことが挙げられます。50m走をさせてみればすぐにわかることです。友達同士で競争をさせてみれば、目を輝かせて走ってゆきます。男の子も女の子も本当に競争が大好きです。
競争は、ライバルを生み、ライバル同士、もっと高みを目指したいと思うでしょう。これこそ、優れた才能を引き出す秘訣だったりします。そして、競争の中から、本当に自分が熱中できて、人より優れているものを見つけ出すのです。
人は、自分に合った仕事をして一生を過ごすことほど幸せなことはありません。その第一歩が子供時代に人と競争して、自分の得意分野を見つけることなのです。
そのやる気スイッチを押して上げるのはあくまで大人です。競争することの楽しさを子供に伝えるようにしませんか?
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