街角で見た紙芝居の世界 – 昭和の遊びを知っていますか?



小学校の下校時間、午後3時、4時の公園に自転車に紙芝居を乗せたおじさんが拍子木を叩く。

「さあ、集まって!紙芝居の始まりだよ!」

昭和30年代、全国のどこにでも見かけた風景だった。1回5分程度の紙芝居。お決まりは、拍子木の音。子供たちが一斉に集まる・・・。子供たちに人気だったのが、何といっても『黄金バット』だ。

悪の手先に泣かされる子供がいると、正義の味方・黄金バッドがどこからともなく現れる。子供たちの拍手が沸き上がる。分かっているけど、笑顔にならざるおえない展開だ。まさしく予定調和の妙だ。

男の子、女の子を問わず、紙芝居を演じるおじさんの迫真の演技に息を飲み、終わった後は、どっと駄菓子を買い求めおじさんの周りに集まる。

とは言っても、残念ながら筆者もリアルタイムで見た訳ではありません。実は、筆者の親の世代から聞かされていた子供時代の一幕でした。

浅草・花やしき通りで残る昭和の紙芝居

DSC_0033しかし、昭和40年代、高度経済成長で世の中が豊かになるにつれ、ひっそりと姿を消してしまいました。紙芝居が「みんなで一体感をもって楽しむ娯楽」だとすれば、テレビゲームに代表されるように徐々に、少ない人数、または一人で遊ぶ遊び方に変わってきた頃、紙芝居の役割が終わったともいえるかもしれません。

そんな紙芝居ですが、今でも現役で活躍を続けている紙芝居師がいます。東京・浅草は花やしき通りで土日を中心に拍子木を打つ、大道芸人・源吾朗さん(57歳)です。

今では、テレビや雑誌からの取材や海外からの引き合いも多いという源吾朗さんですが、お休みの日は浅草で観光客や近所の子供たちを相手に昔ながらの紙芝居を続けているそうです。取材をしたこの日も、子供が通りかかると、寄ってらっしゃい見てらっしゃいと呼び込みをしておられました。

嫌がらせを受けることも。でも頑張る!


筆者も、早速、『黄金バット』をリクエストしてみました。体全体を使って、黄金バットが少女を助けるまでを演じてゆく源吾朗さん。懐かしいストーリーに、徐々に通りかかったマダム達が集まり始めます。

「昔の子供達ならここでワーッと拍手が起こるんですよ!!拍手~」

デジタル世代で、紙芝居の盛り上がりどころに疎い我々世代でも十分に楽しめるよう、指示も忘れません。

「さて、この続きは、また明日・・・。」

はじまって5分。あ~いいところなのに!!というところで残念ながら終了。ちょっとずつストーリーが進む仕掛けになっていて、毎日、楽しみに通うのが紙芝居の良いところなのです。

DSC_0031_2地元にも愛される源吾朗さんですが、愛用の自転車「黄金丸号」がパンクさせられるなど、嫌がらせを受けることもあるのだとか。

「自転車のタイヤがパンクさせられることがあるんですよ。」

そう悲しそうに話す、源吾朗さん。

「昔は、みんなお金がないから、お菓子を買わなくてもただ見に来ることももたくさんいたんですよ。」

そんな子供たちの姿はすっかり見なくなった今では、代わりにお客さんが集まらなかったり、自転車を破損させられるなどの嫌がらせを受けることもあるそうですが、昭和5年から続く歴史を継承し続けているのだそうです。

紙芝居は5分という短い演劇。ですが、その刹那な時間に子供たちが、息を飲み、熱中した時代がありました。刺激が多く、遊びも多様化した現在ですが、炎天下の中、暑い寒いを忘れてみんなで熱中する・・・。そんな遊びを思い出してみるのも良いかもしれませんね。


この記事の著者

恋ピット編集部

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