20代・30代こそ!『ビリギャル』に考えるリア充の条件とは?

幸せの条件

映画『ビリギャル~学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』は、2013年に刊行された同名の著書を映画化した今年のヒット作品です。

素行が悪く高校も停学処分になるほどの落ちこぼれ女子高生「さやか」が、一念発起して慶應義塾大学合格を目指すまでのサクセスストーリーです。

高校2年生で学習塾に通い始めた時の学力は、小学4年生程度。入塾テストでは見事に0点を取るなど、誰もが不可能だと考えていました。そこから紆余曲折を経て、慶応大学の中でも最難関と言われる総合政策学部への合格を果たします。しかも、これ、すべて実話なんです。

ストーリー的に思春期の女の子が見る映画なの?いえいえ、ぜひ、20代、30代の方にも見て欲しい作品です。

負け組のレッテルを張られた女子高生

すでに観たことのある方も、まだの方も、自分が高校生、受験生だった頃に大人たちから言われたことを思い出してみてください。当時の大人は何故か、ポジティブであることを求め、高い目標を設定させたがりました。それは、難関大学を目指すことであったり、良い企業に就職することであったりと、何かと輝かしい未来を強要するようなことを言っていた記憶がありますね。

筆者も当時は、有名な大学に行って、有名な企業に就職すれば明るい未来が待っている・・・。なんてことは信じられず、ただただ大学生生活が楽しみで、それがために受験をしていた記憶があります。

実際、社会に出てみると、確かな幸せをつかんでゆく人、失敗して腐ってしまう人など、明確に差が付くシビアな世界であることが分かり、あまり有名大学が云々ということは重要ではなかったことを思い知らされたものです。

しかし、映画『ビリギャル』で描かれるものは、夢であったり、将来のために大学受験をする人物ではありません。主人公は、毎日の生活で負け組とレッテルを張られた女子高生です。そんな、レッテルに辟易したところから、「見返してやりたい」。それが、慶応大学を目指す彼女の原動力になりました。

人生に差が付く20代、30代

なぜ、この映画を20代、30代の方に見て欲しいのでしょうか?

それは、20代~30代にかけての社会人の方が、ちょうど社会経験を一通り終え、生き方が大方決まってくる年代だからです。

まだ、20代、30代は全体的には若い年代ですが、20代中盤を過ぎた頃から年齢を重ねるごとに人生の選択肢が減ってくると思いませんか?

学生の頃にはしがらみも少なく、色々なことに挑戦できました。しかし、恋人が出来て、結婚して、仕事や家事、育児など取り組まなければいけない課題が多くなればなるほど自分のことは後回しになっていきます。

多くの方がそれが普通の人生だと捉えて毎日を頑張って過ごします。そしてそれが地に足のついた生き方と言われます。筆者もまさにその通りだとは思います。

しかし、30代以降に結婚式などに参加すると面白いことに気が付きます。話し方、ファッションセンス、余裕、優雅さなどに大きな差がつくことです。結婚式の後の雑談で、他の参加者を引き合いにして品評会的な話題に華が咲くこともよくあることでしょう。充実している人、いわゆるリア充な人のことが羨ましく見えるからに相違ありません。

リア充になりたいなら目標設定をすること

ところで、映画『ビリギャル』の中で面白いエピソードがあります。慶応大学の偏差値に到底届かない主人公「さやか」が、志望校を下げたいと塾の講師に相談した時のことです。熟の講師はこんな風に答えました。

「目標を下げたらどんどん低い方へ流れてゆくよ」

筆者はこの言葉に少しドキリとした記憶があります。

確かに社会に出て家庭を築き、怒涛のように毎日が過ぎてゆく中で、どんどん自分のことは後回しになり、夢や目標も曖昧になってゆく。年齢を重ねれば重ねるだけ選択肢が少なくなり、徐々にこんな簡単なことも忘れかけていました。

しかし、例え漠然とした夢であっても、誰にでも「こんな人生を送りたい」「こんな人になりたい」などの目標はあったはずなのです。それを維持できた人、忘れ去ってしまった人の狭間で、充実している人、普通な人、まんじりともしない人などの差が生まれてゆく。そういうことなんだろうと思い知らされた言葉でした。

これからの人生を充実して過ごすためには、自分が将来、どうありたいか?について、目標設定をし、その目標を下げてはいけないのです。

もちろん、学生の頃とは違い、選択肢や目標の数は大幅に制限されるでしょう。しかし、例え一つでも、「自分はこんな人間になりたい」「こう生きたい」という目標を持ち続けた人だけが輝かしい充実した人生を送れるのかもしれません。

映画『ビリギャル』の主人公「さやか」の本当の成功は、大学に合格したことではありません。ダメダメな人生に安住していた彼女が、輝く人間になったことです。

実は、これは、年齢に関係がない。いや、むしろ、「輝く」ということを忘れかけている私たち大人が思い出したいストーリーなのではないでしょうか?