火事でもないのに、何故、ネットは炎上するのか?



人事のようなタイトルをつけておきながら、実は自分のことでもあったりして。少し二律背反な余韻を残しながら、本日の話題に移りたいと思います。

「炎上」という言葉は、ネットで激しく非難される意味としてすっかり定着してしまいました。加えて一昨年辺りからバカッターなるものも登場し、ネットのちょっとしたカキコミから騒動に発展。しまいにはテレビのニュースにまで取り上げられる始末。あまつさえ、Twitterのような不特定多数のユーザーが利用するツールへ悪気なしに何かを書き込むと、すぐに批判的なコメントが寄せられます。

ネットで情報発信をしている人の中で、会ったことも話したことも無い第三者から叩かれたことはない!と断言できる方は少ないのではないでしょうか?

国民皆編集者時代


実は、筆者の運営するkoipitも、温かいコメントに混じって、時に厳しいご意見やコメントが寄せられることがあります。しかし、興味深いのは、内容はともかく、誤字・脱字に関する批判を受けることが多いこと。

「確かに自分のミスだから・・」文句は言えないのですが、何故か監視をされているような錯覚に陥ることも。

また、内容に関して批判を受ける時に感じることは、単なるダメ出しが多いということです。単なるダメ出しとは、反論や意見がなく、単に批評だけされてバイバイ!されること。

元々筆者は、ライターではありませんでしたが、出版と呼ばれる業界で少しは働いたことがある経歴の持ち主で、自分の文章の稚拙さに辟易としながら、日々、駄文を書き連ね、多少の成長にささやかな喜びを感じている今日この頃です。その中で、せっかく批判をいただけるなら、「ここがダメ」という情報ではなく、「自分はこう思う」という未来ある批判が嬉しいのです。

はっきりと感じたこと。それは、まるで皆が皆、編集者になってしまったよう。つまり、スキがあれば突っ込まれる!そんな文化が出来上がったのかもしれません。もちろん、本当の編集者は導きを与えてくれるものですが。

公私混同が曖昧な世界。それがネット


一方、書く側にももちろん原因があるのかもしれません。ネットは非常に情報発信がしやすい反面、自己主張が一方的になりがち。日頃、様々な方とお会いし、その会話の中から「さて本日はどんな話題を書こうかな?」と、公私混同しつつネタ探しに奔走しているわけですが、話題が見つかれば、気軽にパソコンを開いて記事が書けてしまう。

わかりやすく言うと、「ボーっとしながら、つい、思いついたことをオブラートに包むことなく言ってしまったがために、友人から突っ込まれる。」

もしかしたら、日頃、友達同士で繰り広げられる、ボケとツッコミの関係がネットで繰り広げられているだけかもしれませんね。

ただ、ネットの恐ろしさは、それが仲間ウチだけでなく、社会全体に影響を与えてしまうこと。いやはや、ネットは自由だと思っていたら、案外、窮屈なのかも。と改めて考えさせられてしまいました。


この記事の著者

恋ピット編集部

電車の中や仕事の休憩時間の暇な時間にちょっといい情報が読めるコラムサイトを目指して、恋愛を中心にオリジナルのオピニオンを日々公開しています。女子のみなさんから大人の女性まで幅広い方からの支持を集めています。

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